どうも。にーとら(@neetola)です。

にーとらというハンドルネームの由来は、ニートがトラックドライバーになったというのが由来です。

そして、トラックドライバーはプログラマーになりました。27歳未経験からね。

つまり俺は今プログラマーとして働いているんだけど、

今回はどうやって未経験がプログラマーになったのかをお話したいと思います。

なぜ未経験からプログラマーになりたいと思ったのか?

遡ること数年前。俺がまだ24くらいだった時の話。

当時ニートだった俺は、毎日ガストでパワプロアプリを遊んで1日を過ごしていた。

上の記事にもあるように、お金がないからポテトとドリンクバーをクーポンで頼んで何時間も過ごしていた。

食べたかった。オムライスとかハンバーグとかが本当は食べたかった。

滞在時間的にも、そっちを頼んだ方が良いに決まっている。本当にお金がなかった。

それに、料理を1000円分注文したところで、その1000円のガソリンでやることがパワプロアプリだ。お金なんて稼げるわけがない。

お金を稼がないなら、食べるものは安い方がいい。24歳という貴重な若い時期の1日はそうして費やされた。

その時、常にこんなことを考えていた。

「あぁ、パソコン持ってれば、こういう時間にお金稼ぎとか出来るんだろうなぁ。そうすれば料理も注文できるのに」

といった具合で、「パソコンを使ってお金を稼ぐ」ことへの憧れは増していった。

ちなみに念願だったノートパソコンを手に入れた現在、「パソコンを使ってお金稼ぎ」は実現した。

大した額ではないが、よく働く大学生のバイト代くらいは片手間で稼げている。

プログラマーを目指すことを決意したトラック運転手時代

そんなこんなでニートは就職した。トラック運転手だ。

一応資格職であり、中型免許もフォークリフト免許も実務経験も手に入れたことにより安心感を得ることができた。

何も持たないゴミクズニートだったあの頃に比べればだいぶマシだ。

意外にも、トラック運転手は楽だ。

楽ではあるが、ぶっちゃけ何歳になっても入れる業界ではある。

「今するべきことなのかな?」と思いながらもお気楽な日々を過ごしていた。

が、腰を痛めた

腰痛は本当に辛い。経験者ならあの辛さはわかることだろう。

トラック運転手の仕事というより、元々持ち合わせていた軽い腰痛に、力仕事の負荷が蓄積されていったのが原因だ。

一応、腰痛でもフォークに乗れれば何とかなる便に変えてもらったので仕事はできたが、俺は思った。

「例えば俺が50歳で、この便がなくなったらどうなるんだろう」

この歳で腰の痛みと向き合えたのは不幸中の幸いだった。まだ軌道修正が効く歳であり、人生について考え直せる時期だった。

現に、腰に不安を抱えながらも力仕事で日々をやり過ごす50代のロールモデルが会社にいた。

良い人ではあったが、俺はああなりたくないと思ったのは本音だ。

そこで俺は他の手に職を身につけることを決意する。

どうせ失敗しても、今いる業界にはいつでも戻ってこれる。そう考えると気が楽だ。

そこから、色々調べた結果プログラマーの無料学校というものの存在を知り、通うことを決めた。

こちらがその時の体験記だ。

プログラマーを目指してよかった。

そして、実際に今現在プログラマーとして働くことができている。

IT業界は人手不足と聞いていたが、面接の時期にそれを実感した。

俺みたいな職歴真っ白の元トラックドライバーでさえ、面接にほとんど通る。

若くてパソコンが多少使えてやる気がある人なら、ぶっちゃけ引く手数多だと思う。

そんなわけで、何かしら手に職をつけたい人はプログラマー、おすすめです。

オンラインコミュニティ「いきかた設計室」

え、本当にそんな人生でいいの?

この文字って、人生に不満がある人にしか目に止まらないらしい。完全に今の生き方に満足し切っているのなら目には止まらない。つまり、この文章を読んでいる時点であなたは間違いなく「本当の自分の生き方」を無意識に模索しています。これは断言できます。

 

でも大丈夫。ほとんどの人は不満を持ちつつも変える努力は一切できません。この辺りでブラウザバックをして明日もいつも通り不満だらけの人生を送ります。行動を起こせることって思っている以上にすごい才能なんです。だから、あなただけでも人生を変える一歩を踏み出してみませんか?

 

「人生を変えるって、実際何をするの?」

導入から怪しさ満載の文言になってしまいましたが、もし、ここまで読んでくれたなら詳しくは下のリンクに書いてあります。今後のあなたの人生が変わる、そのきっかけが今かもしれません。重ね重ね言いますが、「直感」で違うと思ったらブラウザバックしてこの事は忘れてください。

 

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